福岡家庭裁判所 昭和63年(少)3508号 決定 1989年2月27日
主文
少年を福岡保護観察所の保護観察に付する。
証人B子(第二回、七回審判)、同C、同甲、同丙(第三回、五回審判)、同F、同A子、同G、同Hに支給した旅費及び日当合計四〇、七九四円は、少年の保護者J(本籍、住所とも少年に同じ)、同K子(同)からこれを徴収する。
理由
(非行事実)
少年は、昭和○○年一〇月二九日午後二時ころ、○○市○○区大字東○□××××番地の×M方西北路上において、帰宅中のB子(当時一六歳)を認めて強姦しようと決意し、同女の後方からいきなり右手を首に巻きつけるとともに左手に持った果物ナイフを左首筋に突きつけ、「静かにしろ、傘をたため」と脅迫してその反抗を抑圧し、同女を上記M方西側路地に連れ込んで座らせたうえ、同ナイフを右目に突きつけて「目をやれ、目をやりたくなかったらお前のパンツをやれ。」などと申し向けて重ねて脅迫し、更に同女を上記M方東側軒下空地に連れ込んだうえ仰向けに寝かせてパンティーをはぎ取り、その首を絞めるなどの暴行を加えた後強いて姦淫しようとしたが、同女が股を閉じるなどして抵抗したためその目的を遂げなかったものである。
(証拠の標目)(省略)
(事実認定の補足説明)
序
少年及び付添人は、少年は本件強姦未遂の犯人ではなく、捜査段階で作られた自白調書は捜査官の誘導によるものであって、内容もほとんどが事実に反すると主張する。そこで以下、主要な証拠関係について当裁判所の判断と評価を示し、前記非行事実認定の理由ないし根拠を補足する。
第一 福岡地方検察庁から追送された証拠資料について
本件のような凶器を用いた強姦未遂事件という悪質かつ危険性の高かった事案において、事件送致の際送付された証拠資料によって少年に強い嫌疑が認められる一方、自白していた少年が送致後に捜査段階ではしていなかった無罪主張をなすに至った場合、家庭裁判所が送致機関に対して少年の弁解内容を伝え、証拠の収集を含めた検討と証拠資料の追送を求めることが違法となるものではない。本件においては、送致後に少年の取調や強制捜査も全くなされていないのである。もとより、追送された証拠資料についても実質的に少年の反対尋問権の保障がなされるべきであるが、証拠としての許容性自体については、事件送致の際送付された証拠資料と異なるものではない。
第二 自白調書を除いた証拠関係の検討
一 問題の所在
犯人が少年であるかどうかは別として、前記非行事実に認定した強姦未遂事件が発生していることは間違いなく、問題は犯人が少年であるかどうか、即ち犯人と少年の同一性ということになるので、この点を中心に検討を進めていく。
二 少年が犯人として特定され、逮捕されるまでの経過
本件直後に被害現場からすぐ近くの自宅(○○市○○区大字東○□×××番地の××)までの約六〇メートルを走って帰宅した被害者は、直ちに母親に事情を打ちあけ、母親がすぐ一一〇番通報した。この通報時刻が昭和○○年一〇月二九日午後二時一四分である(以下、特に記載しないかぎり、同年をさす。)。通報のなかで犯人の特徴とされたものは、年齢一八歳位、身長一六五ないし一六八センチメートル、果物ナイフを所持しており、白ジャンパーにジーパン、黒の運動靴をはいており、頭は五分刈り、顔に黒子があり、被害者の下着を所持している、という点であった。指令を受けて、△△駐在所(同市△区大字△△××××番地の×)から車で被害者方に急行中の警察官甲は、同日午後二時半過ぎころ、犯行現場から約四・二キロメートル離れた同市○○区大字□□×××番地の×T方西側道路(◎◎川東岸道路上)を南進中、自転車で北進中のかねてより知っている少年とすれちがった。被害者方に到着した甲は、犯人の特徴とされる着衣、年齢がすれちがったばかりの少年と似ているし、犯行後さ程時間もたっていないときに少年が犯行現場方面から進行してきたものと理解される方向に進行していたので、少年を犯人ではないかと疑い、自分で少年の似顔絵を簡単に書いて被害者に見せ、更に被害者に直接少年を見てもらうため午後三時三〇分ころ少年宅近くまで連れて行き、母親から留守だった少年のスナップ写真を借りて被害者に見せたところ、直ちに被害者が少年を犯人だと断定した。その後、その日のうちに△警察署でも若者の被疑者写真九枚に少年の被疑者写真を混ぜて被害者に写真面割りさせたところ、その際も直ちに被害者が少年を犯人だと断定した。その後、一一月三日少年が逮捕され、四日には被害者による面通しも行なわれ、少年が犯人であると確認されている。
三 被害者の捜査段階における供述並びに審判廷における証言の検討
犯人を見たのは被害者しかいないが、被害者は捜査段階においても、また審判廷においても、少年が犯人である旨断定している。以下、その信憑性について順次問題点を検討する。
(一) 被害者の誠実性
もとより、被害者は少年と面識もなかったし、血縁関係等もなく、被害者の誠実性に疑問を生じさせる事情はない。
(二) 目撃状況
本件は白昼生じているうえ、犯人はメガネ、帽子、覆面等の犯人の確認に支障となるものは使用しておらず、被害者の視力(右眼〇・七、左眼一・〇)にも問題はない。犯人に脅されて目を閉じていることも多かったとはいえ、被害の最中、特に仰向けにされた以降も被害者は薄目ながら犯人を確認しようと意識して、しかも至近距離で犯人を見ているし、また被害にあっていた時間も相応のものがあって極端に短い時間ではないから、被害者の目撃状況に格別の問題は見出し難い。
(三) 面割り状況
被害者は事件後程なくかけつけてきた警察官甲から似顔絵を見せられているところ、この似顔絵はごく短時間に書かれた簡単なものであったし、少年の顔の大きな特徴である左頬の黒子(直径約五ミリメートル)も書かれておらず、被害者の反応も髪は似ているが顔は似ていないという程度のものであった。次に、被害者は、少年宅近くまで警察官に同行した後、帽子をかぶった少年のスナップ写真一枚を示されているが、直ちにその写真の人物が犯人であると断定している。事件後一時間二〇分位しか経過していない記憶の鮮明な時点であったうえ、似顔絵を見て被害者が似ていると答えた髪はスナップ写真では帽子で大部分隠れた状態にあったのだから、似顔絵から影響を受けたものとも認め難い。その日のうちに△警察署で行なわれたバラの写真一〇枚を使っての面割りの際も、被害者は直ちに少年の写真を選び出して犯人である旨断定している。一一月四日には面通しも行なわれて、その際にも少年が犯人に間違いない旨確認されている。
確かに、被害者が最初に見せられた写真は少年のスナップ写真一枚のみであったし、それまでの警察官甲の口ぶりから被害者も少年のスナップ写真を見せられる際、その人物が犯人と思われる人物かもしれないという予感を抱いていた。しかし、スナップ写真を見た被害者が少年を犯人であると断定した理由は、左頬の特徴のある黒子、厚い唇、顔の輪郭という根拠もあってのことであり、事件後約一時間二〇分しか経過していない記憶も新鮮な時期での指摘だっただけに、犯人の特定に疑問は生じにくい。しかも、その日のうちに若い被疑者ばかりの写真一〇枚を使った写真面割りが、更に一一月四日には面通しという確認作業も行なわれているのである。このような、少年が犯人だと特定、確認される過程に格別疑問は生じてこない。
(四) 被害者の指摘する犯人の特徴と少年の共通性
まず、被害者が指摘する犯人の左頬に黒子があったという点だが、少年には左頬に直径約五ミリメートルの目立つ黒子がある。また、厚い唇という点も少年にあてはまる。更に、被害者が犯人の特徴として指摘するその他の点として、年齢一八才位、少し太っていたという点も少年(身長一六二・八センチメートル、体重六一キログラム)と概ね合致するし、身長一七一センチメートルの被害者より五センチメートルか六センチメートル低かったという根拠を示したうえで、一六五センチメートル位だったとする犯人の身長と少年の身長とは少しの違いしかなく、犯人が履いていたとして指摘する皮製でない運動靴のような黒い靴という点も少年が当日履いていた靴にあてはまる。また、審判廷における被害者の証言で初めて明らかになった点として、犯人の左上唇付近の黒子がある。即ち、被害者は、事件直後母親に対して「こことここに黒子があった」として自分の左頬と左上唇の少し上付近を指さして犯人の黒子を指摘していたが、左上唇付近の黒子については自信がないとして捜査官に詳述していなかったところ、その後もずっと気になっていたというのである。少年の左上唇付近には縦横各一・七ミリメートルの黒子があり、被害者は、少年の左頬の黒子との位置関係も犯人と同一であると証言している。更に、被害者は犯人のはいていたジーパンが青色の斑のもの(生地の色の濃さが一様ではなく、濃淡が交じるもの)であった旨証言しているところ、本件当日、少年が斑であったかどうかは別として青色のジーパンをはいていたことは間違いない。当時少年は四本の青いジーパン(昭和○○年押第四五五号符号二、九、一五、一六)を有し、うち一本のみが斑であり、これが明らかに一番色が薄い(符号一五)(残り三本は、これより同程度に色が濃い。)。この斑のジーパンは、少年が昭和○○年の秋に買ってもらったもので、少年所有の前記四本のジーパンのなかでは一番新しい。少年が本件のころこの斑のジーパンをよくはいていたことは、少年の審判廷供述や母親の証言によって明らかである。また、本件当日と前日の二日続けて少年と会っている友人のGは、普段服装の話などしない少年が本件当日(本件後)会うとすぐ、靴下以外は前日と同じ服装だという話をしだしたので変に思ったと印象深かったことを覚えており、そのうえで本件当日の少年のジーパンは斑のそれ(符号一五)であった旨証言している。したがって、少年が審判廷において、本件当日は斑でないジーパンをはいていたと供述するにもかかわらず、本件当日のジーパンは斑のジーパン(符号一五)であったものと認められる。このジーパンは、被害者が似ているとして指摘する本件とは無関係の斑のジーパン(符号二三)よりは若干色が薄いという違いがあるにすぎず、この証言までに事件から約一か月半経過していたことを考えると、犯人がはいていたのは、少年の斑のジーパン(符号一五)と色の濃さも同様のものであったと考えることも許されてよい。ジーパンについては、次の点も指摘しておかなければならない。即ち、本件が送致されるまでの間に、犯人の着衣や靴については少年宅の捜索差押がなされておらず、送致後の一一月二二日になってワッペン付の白いジャンパー(符号一)、青いジーパン一枚(同二)、黒い靴(同三)が少年の母親から警察に任意提出され、同月二九日の第二回審判期日において更に青いジーパン一本(同九)が付添人から証拠として提出された。同審判期日における被害者の証言のなかで、犯人のジーパンは青いが斑であったということが指摘され、第四回審判期日において、これまで提出したジーパン以外に少年のジーパンは存在しない旨の母親の証言がなされたものの、司法警察員作成の一一月一〇日付実況見分調書(少年が実況見分に立会っている。)中の少年の写真によると、少年が斑様のジーパンをはいており、それがそれまで領置されたジーパンの中になかったことから少年鑑別所に預けている少年の衣類が問題となり、一二月五日の第五回審判期日において、少年鑑別所に預けていたものの中にジーパンが二本あったとしてそれが領置され、その中の一本が斑のジーパン(符号一五)であったという経過である。本件が家庭裁判所に送致される前には、少年の着衣が捜査機関によって被害者に示された形跡はなかったのだから、被害者の指摘する犯人の着衣が捜査官の誘導、暗示によって被害者のなかに犯人像が作られていったということはありえない。即ち、ジーパンについても被害者の証言の信用性はかなり高いといえる。また、犯人の上衣であるが、ボタン式かチャック式か、ワッペン付きかどうか、背中に文字が入っているかどうかの点は別として、被害者の指摘する犯人の白いジャンパーと少年が当日着用していたと主張するワッペン付きのジャンパー(符号一)とは、薄手の白地である点では共通している(なお、ジャンパーについては後述(第三の二の(六)の(イ))する。)。なお、一一〇番通報のなかで犯人は五分刈りという内容があるが、これは被害者自身が言った言葉ではなく、被害者の話を聞いた母親がそのような表現をしたものであって、それが犯人の頭髪というものではない。被害者によれば、犯人の髪は前髪が五センチメートル位というのであって、当時の少年の髪より若干短いようであるが、当時の小雨模様のなかで犯人の髪もぬれていたせいでいつもとは多少異なっていたであろうし、この程度の違いが本件のような状況下で目撃した場合に生じても格別不合理ではない。かえって、被害者が、前記一一月一〇日付実況見分調書中の写真に写っている事件から一〇日後の少年の髪と犯人の髪が似ているとも指摘しているほか、警察官甲により描かれた少年の似顔絵の髪と犯人の髪とが似ていたともいっており、この被害者の証言は無視されてはならないだろう。したがって、犯人の髪の点をとらえて、被害者の証言の信用性が低下するとはいえない。犯人に関する被害者の証言は、具体性に富み、また一貫性もあり、証言内容に格別の不合理な点や動揺の跡もない。
以上のとおりであって、被害者の証言時に少年は丸坊主に変っていたが、少年が犯人であると断定する被害者の供述調書、証言にはいくつもの裏付けがあり、指摘された犯人の特徴と少年との間には何点もの共通点が認められるものであって、被害者の供述調書、証言の信用性を強く支えるものである。反面、付添人が主張するような警察の誘導、暗示に
よって犯人像が作られていったものとは認め難いものである。
四 犯行の時間的可能性
前記二で述べた犯行終了後の被害者の行動からみて、一一〇番通報のあった午後二時一四分のほぼ直前(午後二時一〇分過ぎころ)に犯行が終了している。犯行態様は前記認定のとおりであり、被害者が最初に脅された場所から連行仰向けにされた場所までは約五〇メートルしかない。被害者は、犯人が馬乗りになっていた時間を一五分位と、また犯行開始から終了まで約二〇分位だったと証言する。しかし、被害者も時計で測っていたわけではないし、時間の知覚については個人差が顕著であり、予期しない被害にあった場合に、その持続時間を実際の経過時間より相当長く感じることが被害者の心理としてかなり多いことや、犯人の行動内容等に照らしてみると、本件においても、全く予期できなかった突然の被害に遭遇した被害者が、恐怖、苦痛のあまり、被害にあっていた時間を実際よりもかなり長く感じて証言したのではないかと考えられる。また、事件当日の午後、少年が変速機のついていない自転車に乗って自宅を出たことは間違いない。少年宅から犯行現場までの少年が通ったとされる道順は確定できてないが、格別近道も通らずに少年宅から犯行現場近くの自転車を置いたとされる場所までが約四・一キロメートル(少年の審判廷供述によれば、近道をとると多少は短い距離になる。)あり、そこから最初に犯人が被害者を脅した場所まで歩いたとされる距離が約五〇〇メートルである。少年が自宅を出た時刻であるが、本件当日午後一時二〇分ころ帰宅した母親は、二階に上って普段から寝起きの悪い少年を起こしている。その後程なく少年は自転車で外出しているが、当時台所と接する居間でテレビドラマを見ていた姉P子が、少年が外出したのはこのテレビドラマ本編が終った時刻(午後一時四七分五五秒)よりは前だった旨捜査段階(本件から八日後の一一月六日付供述調書)から一貫して供述しているので、少年の外出が午後一時四七分五五秒より前だったことは間違いない。どれ位前だったかという点については、姉もドラマの終る二、三分か五分位前だった、ドラマが終りがけのころだったと証言するものの、当時はテレビドラマに夢中で少年が出ていくところを直接見たわけではないし(二階から起きてきた少年が外出するまでの間、少年の服さえ見ていない。)、テレビを見ているうちに後ろの台所の方で外出しようとする少年と引き止めようとする母親とのやりとりが聞こえなくなって外へ出ていくのが判ったという程度であったから、外出した時刻は姉の証言する時間よりもっと幅があった、即ち少年が昼食をとって外出したとしても、もっと早く外出したとみれる余地がかなりある(少年が自宅を出た時間に関する母親の証言であるが、本件当日警察官が自宅に来た際、事件が午後一時五〇分ころ発生したと聞いて少年の犯行を否定し、その時刻に少年は自宅にいて午後二時ころ友達の家に行くといって出ていった旨述べるなど、少年の外出時刻については、事件の当初から防衛的な姿勢をとっていたことが窺われる。)。少年は、かつて自転車で新聞配達をしていたこともあり、急ぐ際には腰をサドルの前に浮かしながら自転車のペダルをこぐこともあるし、少年宅から犯行現場までの約四・六キロメートルの五分の二位の距離になる少年宅と友人のQ宅(同市○○区大字□□×××番地の××)との間を、変速機付き自転車だったとはいえ四分位で行ったことさえあるという程自転車に乗り慣れている。後述(第三の二の(五)の(ア))のとおり、本件当日の外出時の母親とのやりとりからかなりあせっていたような様子も窺えないではない状況下で、また、本件犯行が白昼しかも容易に人目につき易い状況下で敢行されているという特異性、更に少年の年齢等も考慮すると、前記の外出時の時間の幅からみても、コースは不明であるが、自転車で外出した少年が、格別近道を通らなければ約四・一キロメートル離れている地点まで走行し、約五〇〇メートル歩いて午後二時ころ犯行に着手することが不可能とはいえない(なお、少年の一一月四日付自白調書によると、少年は犯行現場に行く途中、強姦の相手を探して、方向としては自宅から犯行現場と同方向でその途中になる□□田団地(福岡市○○区□□田団地)に寄ったことになっているが、この団地は合計五五棟もの集合住宅が林立する大規模な団地であって、強姦の場所としては、余りに人目につき易く、ここに寄ったとしてもさ程の時間は消費していないと思われる。また、少年の審判廷供述(第一二回審判)によると、□□田団地に寄った件は、取調官の誘導質問の結果という。)
五 脅迫文言と少年の目の障害
犯行に着手した犯人は、被害者を連行する途中「目をやれ」という奇異で幼稚さをも窺わせる脅迫文言を使っている。この点については、少年が弱視性内斜視で幼児期から三回にわたって目の手術を受けたものの完治しないまま現在に至っており、目に関心を持ち、目に障害感を持っていたであろうことが容易に推認されることや、少年の年齢、少年の能力がかなり低い(鑑別結果によれば、少年のIQは五五で軽度の精神発達遅滞がみられる。)ことが考慮されなければならない。
六 犯行の動機について
(一) 少年の性的関心、女性の下着に対する好奇心、執着心
犯人は、脅迫文言として「パンツをやれ。」という強姦のみでなく、被害者のパンティーをも狙ったとも受け取れる言い方をしており、実際に被害者のパンティーを持ち去っている。少年は、これまで性交体験はなかったものの、中学一、二年生のころから自慰行為を始め、わいせつビデオ、わいせつ本等については自宅に隠し持ったり友人とやりとりもするなど、性的関心はかなり有していた。更に、本件までに女性のパンティーを盗んで三枚自宅に隠し、それが姉に発見されてもなお隠し持ち続けた程女性のパンティーに対して強い好奇心、執着心を有していたものである。
(二) 本件前夜の少年の行動
本件は、白昼人目にもつき易いバスも通る道路上で犯行が着手され、しかも、道路からも容易に覗ける民家の軒下で姦淫行為が行なわれようとしたという奇異さをも窺わせる事件であって、しかも犯人は被害者に陰茎をくわえさせている。本件の前夜、少年は友人らと飲酒後、友人のG、女友達のIことR子の三人でモーテルヘ行っている。そこでは、まずGとR子が部屋も明るい状態で性交し(その間少年は二人の性交をみていた。)、次にそれまで性交体験を有しなかった少年がR子と性交することになったが、初めてそういう機会を得たのに少年は性交に失敗した。また、少年はこのモーテルでポルノビデオを四本見ており、この四本のビデオにはいずれも男性が女性に陰茎をふくませる場面があった。したがって、少年が本件の前夜、極めて刺激的な体験をしたことから、本件当時少年のなかに性的な欲求不満、いらだち、不安等がくすぶっていたとみても不合理ではない。
七 小括
少年は、本件犯行が可能な時刻に、自転車に乗って格別近道を通らなければ犯行現場から約四・六キロメートル離れた自宅を出発し、本件犯行の約二〇分後に犯行現場から約四・二キロメートル離れた場所(警察官甲とすれちがった地点)を通っている。また、犯人が少年であると断定する被害者の証言はその目撃状況、裏付内容からしてその信用性は高いものと認められる。また、本件の特異な脅迫文言も少年と矛盾しないし、少年には本件犯行を犯してもおかしくないだけの動機も存在する。
したがって、本件の証拠関係の評価にあたっては、以上のとおり、自白調書を除いた証拠のみによっても、本件の犯人が少年であることの証明力が極めて高いことに十分留意しなければならない。
第三 自白調書の検討
一 任意性について
少年は、一一月三日午後七時一五分ころ、前記の△△駐在所付近にいたところを警察官に発見されて同駐在所に任意同行されたが、同所では犯行を否認している。そこには五分程いただけで更に△警察署まで任意同行されて取調を受け、しばらく否認を続けた後自白したので、午後九時七分に通常逮捕された。
少年によると、当日否認から自白に転じた理由は、取調にあたった乙刑事がこわい顔をして机に右肘をついてこぶしを作り殴りそうな格好をしたこと、更に取調室にいた二人の刑事のうち乙刑事が一旦出ていった後に残った刑事から「お前がしたて言え。」と大声でどなられてこわくなったこと、程なく戻ってきた乙刑事からも同様のことをいわれてこわくなったからであるという。しかし、翌日以降は取調の際に、暴行・脅迫を受けたことはなかったというし、一貫して自白している。逮捕の翌日である一一月四日から実質的な少年の取調が始まり、その日に最初の自白調書が、九日に本件についての自白調書(一一丁のもの)と下着盗についての自白調書(四丁のもの)が作成されている。一一月三日の逮捕当日における△警察署での取調は格別長時間ではなく、また、同月四日から少年の取調にあたったのは逮捕当日には少年に関与していない丙刑事であり、少年の審判廷供述によっても、同月四日以降に取調官の暴行脅迫はなかったほか、格別欺罔や利益誘導の跡もない。したがって、仮に逮捕当日における警察官の言動に少年の指摘するような事実があったとしても、それが翌日以降の自白調書に影響したものとは認め難いから、各自白調書の任意性について疑問は生じない。
二 信用性について
(一) 自白後の捜査によって自白の客観的な裏付けがなされたこととして、犯行の動機及び少年と女性の下着との関係がある。本件は、白昼しかも人目につきやすいバス通りで犯行が着手されているうえ、道路から容易に覗ける民家の軒下で姦淫行為が行なわれようとした、という一見奇異な事件であるが、犯行の動機については、予め捜査官に判明していた点は何もなかった。また、本件の脅迫文言のなかに、「パンツをやれ」という強姦のみでなく被害者のパンティーをも狙ったように受け取れる表現があり、実際に被害者から脱がせたパンティーが持ち去られているところ、少年と女性の下着との関係についても、予め捜査官には何も判明していなかった。それが、逮捕の翌日である一一月四日午前中の取調において、少年がそれまで女性の下着盗もしてきて、自宅で盗んだ下着を頭からかぶるなどして自慰行為をしていた、盗んだ下着は自宅座敷の洋服箪笥に隠している旨の自白がなされ、その日の午後の少年宅での捜索差押の際盗品である女性のパンティー三枚が発見、任意提出された。更に、同月九日の取調の結果、少年がこれまで盗んだ女性の下着は、いずれもかつて少年が新聞配達をしていた頃の一軒の配達先から盗んだもので、それもブラジャー二、三枚、パンティー一一枚にのぼる旨の自白があり、その後の捜査によって、被害先、被害品についての大体の数等につき裏付けがとれたものである。このような捜査によって、少年と女性の下着とのそれまでのかかわり並びに少年の性的好奇心及び女性の下着に対する関心、執着心の強さの程が裏付けられている。
また、一一月九日には、本件犯行の前夜、少年が友人らと飲酒後、男友達(前記G)と女友達(前記IことR子)の三人でモーテルヘ行ったこと、モーテルではGとR子の二人が一緒に風呂に入っている間等に少年は部屋でポルノビデオを四本見たこと(その中に男性が女性の口に陰茎をふくませる場面があった。少年の審判廷供述によれば、四本のポルノビデオにはいずれもそのような場面があったという。)、その後GとR子が性行為をしたが、その際少年は二人の行為を目の前で見ていたこと(少年の審判廷供述によれば、その際部屋は明るくしてあった。)、次に少年がR子と性交しようとしたものの失敗したこと、その後R子が陰部を見せてくれたこと、それからGが指をR子の陰部に挿入するとR子はすごく感じてくれたのに少年が同様のことをしてもR子は感じてくれないみたいで自分には素質がないのかなと思って落胆したこと、次に少年がR子の胸や陰部をなめたりしたこと、モーテルを出てG宅でしばらく寝て帰宅し、本件当日昼から帰宅した母親に起こされたが、前夜のモーテルでのでき事を思い出し、今度は自分で本当に性行為をしようと考えて本件犯行を思い立ったこと、犯行の際被害者に陰茎をくわえさせたのは、前夜モーテルで見たポルノビデオの中にそのような場面があったことを思い出したからであること、等の説得力に富む犯行の動機についての自白があり、本件前夜のでき事についてはその後の捜査によって概ね裏付けがなされ、少年も概ね審判廷で認めているものである。
(二) 当初の自白内容に生じる疑問が、その後の自白によって解消されるに至った事項もある。本件当日、少年は前述(第二の二)したとおり、◎◎川東岸道路上を自転車に乗って北進中、午後二時半過ぎころ警察官甲に目撃されているところ、一一月四日付自白調書によると、少年は、犯行後犯行場所から西北方向にある◎◎川の東岸道路に出て北進後、同警察官に目撃された地点を経由して同地点から約二九メートル北にあるX橋を東から西へ渡り、西進してすぐのところにあるY商店(○○市△区大字△△××××番地の×)から午後二時二五分ころ前記G方へ電話した後、北進して同人方へ行ったことになっている。犯行後、警察官甲に目撃された場所を経由してY商店へ行ったことになっているのに、何故同店から電話した時刻のほうが警察官に目撃された時刻より早いのか。この理由については取調官にこの点の問題意識がなかったせいかその後の自白調書にも記載されていないが、少年は、一一月五日になって取調官に対し、犯行後Y商店へ行ってそこから電話した後、きた道を一部戻って友人の前記Q宅(同商店の南東の方向にあり、同商店とは約〇・九キロメートル離れている。)へ行き、同人が留守だったのでまた同じ道を逆方向へ進行し、再び◎◎川の東岸に出て北進、X橋を東から西へ渡った後G方へ行った旨自白し、一一月八日には犯行後の経路について警察官を案内説明しているのである。即ち、少年は警察官甲に目撃された地点を二回北進していることになる。Y商店とQ宅との距離やQ宅から同地点までの距離(約〇・六キロメートル)、自転車走行であったことも考え合わせると警察官に目撃されたのは二回めの北進の際であったと考えられ、先の疑問も解消される。なお、犯行後の経路については、以上のように一一月四日の供述とその後の供述とが異なるが、この点の供述の変遷はむしろ犯行後の行動をより詳細に、また合理的に解明する方向へ変わっているものであって、この点をとらえて、自白調書の信用性が減殺される事情となるものではない。
(三) 自白の詳細さ、一貫性、裏付け証拠の存在等
少年の自白は、逮捕の翌日である一一月四日の取調から、犯行の経緯、犯行状況、犯行後の状況等多岐な事項に及び、以後の自白は概ね一貫していて具体的詳細の度を深めており、パンティーを持ち去ったかどうかの点(当初パンティーを持ち去ったことを否認していたが、同月八日になって認めた。)や犯行後の経路(前記第三の二の(二))を除けば重大な動揺や基本的変遷の跡がない(なお、パンティーの件については後述(第三の二の(六)の(ア)))ということや、前述(第二)のとおり、いくつもの裏付け証拠があるということにも、注目しておかなければならない。また、少年は、当初審判廷において、△警察署に逮捕勾留されていた際(一一月三日から一四日まで)、同房者に対して自分の事件の話はしていない旨供述していた。しかし、当時少年と同じ房に入っていたCやFの各証言によれば、房の中で少年が逮捕当日から毎日のように屋外で女の子を強姦しようとしたという自分の事件についてかなり具体的に同房者と話しており、しかも少年院歴のある者もいた同房者らからは、少年の事件なら少年院に送られることになるということまで何回も聞かされているのに、少年が同房者に対して犯行を否定した様子は全くなく、同房者も少年が犯人であるということに全く疑問を抱かなかった(なお、CとFの証言後は、少年も供述を変更して、同房者に事件の話をしたことを認めている。)。
(四) 取調官の誘導について
少年は、審判廷において、自白調書のうち特に犯行状況、犯行前後の状況等については、取調官の誘導質問に対して「はい」と答え続けた結果、取調官の作文によって作られた、一一月四日付自白調書の犯行現場の図面のうち被害者を脅しながら渡ったとされる橋のしるしは取調官が記入したと主張する。しかし、一一月四日付供述調書についてみると、身上経歴の点に問題がないことを別としても、少年が中学一年生のころから自慰行為を始めたことは審判廷でも認めるところであり、前述(第三の二の(一))のとおり、自宅に盗んだ下着三枚を隠していたことについては裏付けがあり、本件当日青の薄色のジーパン(符号一五のジーパンと思われる。)をはいていたことについても前記(第二の三の(四))のとおり少年と当日会っている前記Gの証言による裏付けがある。また、凶器である果物ナイフについては柄の色や折たたみ式かどうか、被害者を連行して仰向けにした後被害者の首を絞めたのか絞めるまねをしただけなのか、また被害者のパンティーを持ち去ったのかどうか等の点が被害者の供述とくい違ううえ、被害者を脅しながら渡ったとされる小さな橋を「ぼろ橋」とか「ぼろい橋」と表現するなど、少年が被害者の供述調書を前提とした取調官の誘導ではなく、自分の言葉で犯行状況等を述べていると思われるか所もかなりあり、取調官が勝手に作文したものとは評し難い。確かに、一一月四日に少年が作成した犯行現場の図面のうち、被害者を連行する際に渡ったとされる小さい橋のしるしについては取調官が記入したものと認められるなど、図面の作成については、極めて問題を抱えていることはいうまでもない。しかし、少年の審判廷供述によっても、被害者を連行する際に渡ったとされる橋を含む路地の部分は少年が二本の直線で記載し、その後取調官が橋のしるしを記入したという順になること、少年はもともとかなり稚拙な図面しか書けず、当時橋のしるしの描き方もよくは知らなかったこと、前述のとおり一一月四日付供述調書には少年が誘導によらず自分の言葉で表現した部分もかなり見られること、図面の作成は当日の取調の最後の方でなされていてこの図面を前提に調書が作成されたものではないこと、当初少年は審判廷において、この図面は何も見ずに五分程度で作成したと供述していたこと(その後、少年は一五、六分と供述を変えた。)、一一月四日の取調後、翌五日には犯行後の経路につき前記(第三の二の(二))のとおり疑問を解消させる方向での供述がなされ、八日には少年立会いのうえで実況見分が行なわれて犯行状況が再現され、犯行後の経路についても少年が案内していること、九日には二通の供述調書が作成されているが、前記(第三の二の(一))のとおり犯行の動機となった本件前夜のでき事や脅迫文言にもからんでくる下着盗についての詳細な自白がなされて、犯行の動機、犯行前後の状況、犯行状況についての供述がより詳細の度を深めており、パンティーを持ち去ったかどうか、犯行後の経路を除けば取調を通じて格別供述の変遷もない。また、極めて臨場感に富み、迫真性もある供述内容の全てを取調官が誘導し、あるいはその場の思いつきで供述したとみるのは難しい。したがって、一一月四日付供述調書の中で少年が作成した図面につき問題を残している点をとらえて、前述(第二)したような多くの裏付け証拠のある自白調書全体の信用性が否定されるものではない。
また、自白調書によると、少年は、犯行場所への経路について、自宅を出た後国道二六三号線を南進し、◎×自動車○○営業所(○○市○○区大字東○□××××番地の××)から左折(東進)して○○台団地へ続くバス通り経由で犯行場所へ行ったとされているが、一一月四日の取調の際は、取調官の話から、国道二六三号線を左折(東進)したのはこのバス通りではなく、そのすぐ北側にある道を思い浮べて前記図面を作成した旨主張する。少年が同日作成した犯行現場付近の図面によると、前記◎×自動車○○営業所とこのバス通りが実際は接しているのに少し離れて描かれ、バス通りはカーブしながら登っていくのに図面では直線で描かれている。しかし、もともと少年はかなり稚拙な図面しか描けないようだし、同日の取調べ時にはバス通りとは別の道を思い浮かべていたのを思い出したのは昭和○○年正月の二週間位前だったというのもいささか考えにくいこと、審判廷においても、審判の当初に取調中のことを聞かれたときはバス通りを思い浮かべながら供述した旨述べていること、少年のいうバス通りの一本北の道には確かに橋があるが、少年も審判廷で認めるとおり一一月四日付供述調書のなかで表現されているような「ぼろ橋」とか「ぼろい橋」というにはそぐわない橋であること、また、少年のいう一本北の道には本件犯行現場の橋のように右折して渡るような橋はないこと、少年はかねてより本件現場付近に橋があったことは知っていたこと、前述した一一月五日からのより詳細の度を深めた自供内容等からみて、少年の弁解は信用し難い。もっとも、少年は逮捕される直前までは前述(第三の一)のとおり犯行自体を否認していたし、また、一一月七日までパンティーを持ち去った点について否認し、更に同房者からは少年院に送られることになる旨くり返して聞かされていたのだから、少年のうちに自白を維持しながらも、他方で、罪を免れたい、せめて軽減したい、少年院に行きたくないという心情がくすぶり続けていたであろうことが窺われるし、更に、少年の能力の低さ(前述のとおりIQは五五で、軽度の精神発達遅滞がみられる。)からくる理解力不足、記憶力の乏しさ、表現力のつたなさにも留意しなければならず、また、少年が自認するとおり、ややもすると場当り的に嘘の供述をする性格を有していること、あるいは審判廷において、自宅に盗んだ女性の下着を隠している旨自白したのは警察をおちょくろうと思ったからである、と供述している事情もあり、個々の自白内容の信用性を判断するにあたっては、その間に不利益事実の秘匿や虚偽事実の仮装、ないし事柄によっては十分に供述の尽されていない部分が紛れ込んでいる可能性のあることに、注意しなくてはならない。
(五) アリバイ等の主張について
自白の信用性を判断するにあたって、少年自身によってなされた内容的にこれと相反する供述、つまり審判廷での弁解内容を検討してみるに、終始無実を主張することを別にしても、疑わしく、具体的内容において一貫しない点が多い。
(ア) アリバイ
少年は、本件当日の午後内定していた仕事がうまくいくように自宅を出て西方向にある○△神社へお参りに行った(犯行現場は少年宅の南東方向になり、同神社とは全く方向が異なる。)、誰とも会わなかったが事件当時もそこにいた、と主張する。少年は本件当日午後二時三〇分に前記G方(少年宅の概ね北方向になる。)へ行く約束をしていたところ、以前から母親がGとはつき合わないように注意していたうえ、本件前夜帰宅しなかったのもGと一緒にいたからであることが母親に知れ、本件当日も少年が同人宅へ行くというので母親が強く引き止めようとした。それで、少年は友人の前記Q宅へ行く旨わざわざ嘘をついて心配する母親を安心させ、母親の見送りまで受けているのである。その際、○△神社へ寄るという話は一言も出ていない。少年を見送った母親も、少年がG宅へ行くことをあきらめてQ宅へ行くことにしたと思って、特に疑問を抱いてもいない。同神社へ行くには少年宅南側の東西に走る道を西方へ行くことになるが、少年によるとQ宅へ行くには少年宅の西隣(S方)の南側から南へ伸びる田舎道(本件犯行現場方向へ続く。)を南進するのが通例で、この方が近道でもあるというのである。母親に嘘までついた少年が、母親に見送られる手前、Q宅へ行くときにいつも通るこの南へ伸びる田舎道を行った(母親の司法警察員に対する供述調書もQ方への方向になる南方向へ行ったとなっている。)のではないかと思われこそすれ、○△神社へ行ったような状況は窺えない。
(イ)アリバイ以外の点
少年の能力的な問題も影響しているのであろうが、アリバイの点以外でも審判廷供述にかなり不自然さが見られる。例えば、少年の外出時間にも関係してくるが、本件当日昼食をとったとしても台所であるのに居間で食事をしたといっていたこと、○△神社に行ったというアリバイを主張しながら、審判の当初においては自宅を出たのは午後二時一五分ころだったといい(この時刻ではアリバイが成立しえない。)、その後あっさり午後一時四五分ころと訂正したこと、△警察署において同房者との間で本件の内容や少年院へ送られるかどうかということは話してないと供述しながら同房者の証言後供述を変えたこと、本件前の下着盗の件については一一月九日付の自白調書(四丁のもの)について概ね被害の裏付けもあり、審判廷でも捜査段階で一〇回以上は盗んだと供述したことを認めながら(更に、下着盗については警察官に正直に話した旨審判廷で供述したこともあった。)、自宅から発見されたパンティー三枚分の三回しか盗んでないと供述し始めたこと、一一月四日付供述調書に添付の犯行現場の図面は、審判の当初、書き損じがあったとしても一枚位だとしたうえ五分位で書いたと供述していたのにその後一五、六分と供述を変えたこと、前述(第二の三の(四))のとおり本件当日のジーパンは斑のジーパン(符号一五)だったのに斑ではなかったと供述していること、等である。
(ウ) 要するに、少年の審判廷での弁解とそごすることをもって、多くの裏付証拠を持つ自白の信用性を減殺する事情であるとみることはできないということである。
(六) 結局、少年の自白は、前記(第三の二の(四))のような取調上の問題を有するものの、犯人が少年であることについてはそれが真実の告白であることを示すいくつもの徴候が認められるものであるが、なお、真偽に疑問をとどめる点もないではないので検討しておく。
(ア) 凶器の果物ナイフと被害者から奪ったパンティーの未発見
果物ナイフと被害者のパンティーは、警察の捜索にもかかわらず自白調書のなかで犯行後に捨てたとされる場所(果物ナイフについては前記X橋より下流(北)になる国道二〇二号線にかかるZ大橋南側の◎◎川内。パンティーについては、前記X橋の南方約九三・五メートル付近の◎◎川東岸水辺付近の雑草内。)から発見されていない。発見されない以上、少年が虚偽の自白をしてそれを取調官がうのみにした可能性が強いことは否定できない。しかし、少年が、自認するとおり、ややもすると場当り的に嘘の供述をしやすい性格であることも無視はできない。他方、果物ナイフについては、犯行後、前記警察官甲に目撃された後には前記G方(○○市△区××団地)までの約四・五キロメートルを自転車走行しているのに、その間少なくとも約四〇分は要しており、そこに何らかの行為があったのではないかとも思われる。また、パンティーについては、捨てたとされる場所が自転車から一旦降りてわざわざ水辺まで歩いた高い草の生い茂る場所であることから、捨てたというよりも隠したという意味合いの方が強いとも思われるが、その場所が釣人位なら通る小道(踏跡によってできたもの)のそばであることから、誰かが持ち去った可能性も全く否定はできない。要するに、前述(第二)のとおり、自白調書を除いた証拠のみによっても強い証明力が認められる本件においては、凶器の果物ナイフや被害者のパンティーが自白によって捨てたとされる場所から発見されず、この点について自白が虚偽である可能性が否定できないことの故をもって、他にいくつもの裏付証拠のある自白調書の少なくとも犯罪の核心的部分についてまで信用性が減殺される事情とは見れないということである。
(イ) 事件当時のジャンパー
捜査段階で少年が自白していたせいであろうが、犯人の着衣については、少年宅の捜索差押が行なわれていない。被害者は犯人のジャンパーが薄手の白無地でチャック式だったと証言するが、少年は、審判廷において、事件当日の上衣は薄手の白地ではあるが無地ではなく、左胸にワッペン付きで背中に文字入りのボタン式ジャンパー(昭和〇〇年押第四五五号符号一)を指摘し(但し、少年は、当初審判廷において、日頃このワッペン付きのジャンパーをよく着ていたというのに、当日のジャンパーはチャック式であると明言していた。また、このワッペン付きジャンパーは容易に裏返して着ることができてボタンもとめられ、そのときは白の無地になる。)、事件当日少年と会っている前記Gも少年と同様の証言をしている。少年が当日着ていたというジャンパーと被害者の指摘する犯人のジャンパーとは薄手で白地という点では共通であるところ、ジャンパーのその他の点についての被害者の認識、記憶が細部まで正確であったのかどうか疑問がないわけではない(例えば、ワッペンについてはジャンパーの折れ具合によって見にくいこともあろうし、チャック式かボタン式かという点も認識しにくいこともあろう。また、被害者が犯人の背中を見だのは犯人が逃げるときのわずかな時間である。)。(ただ、本件当日に事件後程なく少年と会っている前記Gは、普段服装の話などしない少年がその日に限って、会うや聞かれもしないのにすぐ靴下以外は前日と同じものを着てきたということを話しだしたので、変に感じており、また、本件後、前記警察官甲に目撃された場所から前記G方まで約四・五キロメートルしかないのに、自転車でその間少なくとも四〇分程度は要しているという作為を窺わせかねない事情もないわけではない。)
(ウ) 自白調書とその余の証拠の間に存する主なくい違いは、以上のとおりであって、それらの点を本件の全証拠関係のうえにどういう意味を持つかを吟味しても、自白の核心的部分の信用性を左右する程のものではない。
三 小括
大要以上のとおりである。まず、自白の任意性に疑問はなく、事実認定の資料として許容される。また、その信用性についても、本件の犯人が少年であるということに信用性を認めてよい。
第四 総合判断(結論)
所論にかんがみ、まず自白調書を除く証拠関係を検討し、少年の自白の任意性、信用性について吟味した結果は、以上示したとおりである。これを総合していえば、本件の犯人が少年に外ならないことについては合理的疑いを容れる余地をとどめないものである。
(適用法令)
刑法一七九条、一七七条前段
(処遇理由)
本件は、白昼凶器まで使用するという極めて悪質な、また危険性の高い強姦未遂事件である。加えて、少年はこれまで多数回の女性の下着盗を重ね、また前述した本件前夜のモーテルにおける乱行に見られるように性的関心がかなりゆがんだ形で発現しており、しかも未だに犯行を否認している。自己統制力が弱く、規範意識も十分でないし、少年を少年院に収容して矯正教育を施すことも十分考えられるところである。しかし、少年の前述した問題点は軽度の精神遅滞という能力の低さによるところもかなり大きく、今後の少年の行末について大きな鍵を握る保護者も、今回の事件を通じてさらけ出された少年の現実の姿をまのあたりして今後の強力な指導の必要性を痛感しており、今後の指導の変化がかなり期待できよう。今回逮捕勾留され、観護措置もとられるという初めての体験もしており、今後専門家の指導援助を受ければ再非行の可能性も低減すると思われる。その他、これまで保護処分歴がないことや、少年の年齢、環境、性格、資質、生活歴等をも合わせて考慮すると、今回は相当期間保護観察に付すのを相当と認め、少年法二四条一項一号、少年審判規則三七条一項を、証人の旅費、日当につき少年法三一条一項を適用して、主文のとおり決定する。
(編注)原原決定は横書きであるが、編集の都合上縦書きに改め、文中の算用数字は漢数字にした。